木村伊兵衛賞の30年

川崎市民ミュージアム木村伊兵衛賞の30年」展。
写真の芥川賞といわれる賞の受賞作品を一挙公開。余すところなく。
第1回(1975年)受賞、北井一夫「村へ」の、「長崎 平戸 村の子供たち」と、第24回(1998年)受賞、ホンマタカシの「Boy-1 Keio Tama Center」の子供の表情の違い。

ところで唯一受賞作品がなかった第9回には植田正治がノミネートされていた。ところが、植田のノミネートに関しては、木村賞的ではない、との声もあった。もっとも新人ではないというのもあったんだろうが、植田が木村賞的ではないということはどういうことなのか。
植田の写真は「わざとらしい」。
有名な砂丘に人を並列させた「砂丘にて」(だっけ?)とか、家族が不自然に交差しあってる作品、みんな配置やしぐさが「わざとらしい」。
ということは、木村賞とは「わざとらしい」写真ではなく、リアルな瞬間を切り取る意味での「写真」作品に与えられる賞なのか。たしかにホンマタカシでさえ、それは「わざとらしい」ものではなく、たとえば東京郊外の不思議に澄んだ空気をリアルに切り取っているんだろう。
でも。
第29回(2003年)受賞、澤田知子「Costume」は自分の変装を自分で撮るセルフポートレート、つまり「わざとらしい」作品である。これは結構異端受賞作なんではないかい。
となると、けっこう境界があいまいになってきてるのかもしれないなあなんて。
ちょうど、五味康祐が「喪神」で受賞した第28回(1952年下半期)芥川賞(同時受賞は松本清張「或る『小倉日記』伝」)の頃に似てるのかな、こうした状況は?